4月10日 (日)  自粛

(今更だが)「自粛する」というのは「自分で行動をつつしむこと」となってある。

大津波の被災復興と手抜き工法による原子炉の放射能漏れが続く中、神社のお祭りや各地のイベントなども「中止」という形で自粛することがほとんどだ。

どこの何を見ても「この度の被災された方に心よりお見舞い申し上げます」というコメントが貼り付けられているが、元々「お見舞い」は行うことで、申し上げることではないと思うが。

僕は、東日本大地震の翌日12日に予定していた「よかたん山田錦祭り」(兵庫県三木市)という酒蔵が集合するイベントへ足を運んだ。
(もちろん震災復興の応援イベントへ切り替えての開催を促すつもりで行った)

ずらりと並んだ兵庫県灘五郷の蔵元から来た者たちの笑顔は薄く、一つのブースで「震災への募金」を設けていたが、「どこへ寄付するのか?」という僕の問いには誰も応えることが出来なかったくらい、急遽(とりあえず)行われたのだと思う。

酒蔵のブースを廻るたび「東北の酒蔵も被災しているはず、こちらが沈んでいては駄目、こんなときこそ進んでイベントを復興支援に変えてどんどんやらないといけない」と出展の関係者に伝えた。
(被災の翌日だったせいもあり、大津波を知らない参加客もいた)

阪神淡路大地震のときも、全国各地で同様の「自粛」が行われていたが、自然災害の復興には大変な日々が長期に渡って続く、それなのに被災していない地域の活動まで控えられていては被災者の我々もかなり心許無い。
自粛されればされるほど「申し訳なさ」が募ったのだ。

確かに、被災者を例外として、完全に震災を忘れられるには辛いことだが、便宜上の都合で自粛されていたのならもっと辛いことへ変わってしまうのだ。

日本屈指の神戸酒蔵「白鶴酒造」も復興支援イベント行うなど、やっと気づいてくれたのだと思う。
http://www.hakutsuru.co.jp/corporate/news/image/110328.pdf

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