6月19日 (土)  神戸紀行F


全国各地の歓楽街に「キャバレー」があった。

キャバレーには大きな舞台があり、生演奏の歌謡ショーを楽しみながらホステスとお酒を飲み、ダンスホールなど、社交場として利用されていた。

キャバレーとクラブの合成語でキャバクラというのもあるが、キャバレーともクラブとも似て非なるもので、昔のピンサロやアルサロに近いものが増えたようだ。

神戸にも多くのキャバレーがあったが、時代の波により自然に消えていった。

現在は三宮の東急ハンズがある場所に、神戸を代表する「新世紀」というキャバレーがあった。

ダンスもお酒も大好きな僕の母も若い頃はよく通ったらしく、酒は飲めないが社交好きの父も毎晩のように出かけたと言っていた。
(両親がそこで出逢ったのではないが)

その東急ハンズの斜め向かえに神戸サウナが今もあるが、かつてはキャバレー新世紀の地下にも「サウナ新世紀」があったのだ。

サウナ新世紀は、地上のホールと同様に造られたのか、やや楕円形の造りで、サウナルーム、マッサージルーム、大浴場が半円上になっていて、奥へ続く通路もカーブした造りになっていた。

中でも、真ん中で黄色と茶色に分かれたツートンのサウナパンツが有名だった。

そうした「キャバレー」も時代とともに消滅し、過去の古き良き思い出となってしまった。